「なみはや講談協会」が6月13日付けで一般社団法人になりました。
今回の一般社団法人化に伴い、前会長の旭堂南鱗さんが名誉会長に、旭堂南華さんが会長に就任しました。HPもリニューアルしています。
「なみはや講談協会」HP: namihaya-kodan.com
「なみはや講談協会」が6月13日付けで一般社団法人になりました。
今回の一般社団法人化に伴い、前会長の旭堂南鱗さんが名誉会長に、旭堂南華さんが会長に就任しました。HPもリニューアルしています。
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浪曲親友協会所属の浪曲師、京山小圓嬢師(本名=小西カヨコ)が7月6日、午後12時10分に老衰のため、逝去されました。満92歳でした。葬儀は遺族の意思により、親族のみで執り行われました。
1931年3月31日、大阪市出身。46年に叔父の京山小太夫(後の三代目京山小円)に入門し、小福。66年に菊地容子と改名。ギター伴奏をつとめた夫・菊地高士さんとの二人三脚で、幅広い演目に取り組まれました。71年に二代目京山小円嬢を襲名。82歳の時に「亀甲縞」で浪曲界初の文化庁芸術祭賞大賞(2013年度)を受賞。「壺坂霊験記」や「赤穂義士伝」などを手掛ける一方、80歳を超えても新しい演目に挑まれました。ほかに大阪府知事表彰文化功労賞、大阪文化祭賞、地域文化功労者表彰など。弟子は菊地まどか。
最後の舞台は2022年1月4日に大阪・阿倍野で開催された浪曲会「初夢で見たよ聞いたよ浪花節」で演じた「刺青奇遇(いれずみちょうはん)」でした。ご冥福をお祈りいたします。
写真提供=三栄企画(2014年9月14日)
浪曲親友協会所属の浪曲師、真山誠太郎師(本名=田口徳二)が7月1日、午前5時12分に肺がんのため兵庫県の病院で死去されました。満77歳でした。故人の遺志により、葬儀は近親者のみで執り行われました。
誠太郎師は1945年7月21日生まれ、岡山県笹岡市出身。1993年6月、演歌浪曲の生みの親である初代真山一郎に入門して「日出男」。翌94年に「誠太郎」。誠太郎師も演歌浪曲一筋で、「刃傷松の廊下」「日本の母」「ああヒロシマ」「冥途の早駕籠」などを演じておられました。大阪府知事表彰芸術文化功労者賞受賞。弟子は真山隼人さん。2019年4月の一心寺門前浪曲寄席が最後の舞台となりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。